107号室
去年の、確か夏前、梅雨の終りの時期だった。
俺達は最近こっちに越して来たZ君をからかおうとしていた。彼はオカルト否定派だが、一向に科学的ではなく、マイナスイオンとかも信じてしまういい加減な大学生だった。
そんな彼が越して来たのは所謂“出る”と噂のたつアパートで、大学とも結構離れているおんぼろアパートだった。もちろん、俺達がからかうとなれば、それを利用するに決まってる。幽霊騒動を起してやるつもりであった。彼の部屋は一階の一番左端だと言うから、俺達は2階の彼の部屋の上に当たる場所に向かった。
脅かす方法は単純。107号室の扉を上から、つまり2階からノックする。2階の欄干から手を伸ばして竹刀に巻き付けた布で扉を叩く。で、出て来たら素早く引き上げる。あわよくば赤インクを付けてノックしてやろうか、と思っていた。
ごんごん、とノックの音は結構鈍い。
……反応がない。
もう一回、ごんごん。
「はーい、どうぞー」
俺達は顔を見合わせた。女の声だった。
なんだ、奴は同居してたのか!と思うと脅かすのも馬鹿馬鹿しく思えて、素直に彼の部屋に向った。今度はちゃんと手でノックした。こんこん。
「はーい、どうぞー」
「おじゃましまーす」
と言って俺等は扉を開けた。
真っ暗だった。本当に外の光が入り込まない暗黒だった。
「いらっしゃーい」
という声がしたが、人の姿が何処にあるのか全然わからなかった。俺達は
「す、すいません。部屋間違いましたー!」
とか言いながら扉を閉めてダッシュで帰った。で、翌日。Z君に
「お前の女がほんのり怖い」
と言ったら
「俺?彼女とかいないし。なんで?」
「嘘言え。俺等、昨日お前の部屋にいったんだよ。じゃあ、今からお前の部屋行こか」
と、俺達はZ君のアパートの、一階の一番端のドアを開けた。結構腰がひけてたが、Zが平気で開けるから中を見たら、別に普通の部屋だった。
「ほら見ろ。如何にも男一人暮らしじゃねぇか」
昨日見た部屋と前々違う。こんなに狭くなかったし、明るくなかった。俺は扉の開き具合で光量が変わるのかと思ってドアを開けたり閉めたりしてたが、何もなく、106号室の扉を眺めて立ち尽くした。
「あれ、これ、106号室?」
「そうだよ」
「107号室じゃないの?」
「そんな部屋ねぇよ。ご覧の通り106号室が一番端だよ」
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