影の手
〜後編〜
「聞こえる?」
とB君が聞いてきた。
「いや・・・お前は?」
とA君が返した。相変わらず僕には全く聞こえなかったので、首を振った。
「どうする・・・行く?」
とB君が言った。何も言わなかったけど、僕もA君も頷いた。正直怖かった。机の影から身を出したとたん、霊がいるんじゃ
ないかと、いろんな妄想が頭に沸いてきた。
せーので身を出すことになり、エアガンを構えて、いっきに飛び出した。懐中電灯を照らす。何もない。
3人とも息が上がってハァハァ言っていた。その時、A君が叫んだ
「おい!あそこ、トイレのほう!」
3人が一斉にトイレのほうに懐中電灯を向けた。一気に明るくなるトイレ。一瞬だったが、影のような黒いものが消えるのが見えた。
「いたよな?何か・・・」
B君が口を開く。もちろん僕にも見えていたので頷いた。だがあまりにも影がはっきり見えたので逆に恐怖はなかった。きっと僕達以外に、肝試しに来たやつらがいるんだと、3人とも思っていた。
「おい!行こうぜ」
とB君がエアガンを構えて走った。もうその時は、霊的なモノを追う、というよりも、侵入者を追いかけるような、映画のヒーロー気取りだった。
トイレの入り口の前まで来ると、SWATが突入するようにエアガンを構えて壁にもたれた。B君が目で合図を送る。僕もA君も何も言わずに頷き、一斉にトイレに懐中電灯を向けた。ところが何もいなかった。
「おい!誰かいるっちゃろ?出てこいて!」
とB君が叫んだ。何も反応が無かった。トイレは男女共同で使えるような作りになっており、男性がおしっこする用の便器が2つ並び、男女で使える和式の便器が1つあった。隠れるとしたら、その扉付きの和式の便器がある場所だけ。ところが、扉は開いており、中にはもちろん何もなかった。
「おい、見たやろ?」
とA君が確認する。もちろん見えた。他に隠れそうな場所を探すが、あるわけない。一気にまた恐怖が襲ってきた。
「これだよな?鏡って」
ふいにB君が鏡を照らしながら言った。
「4秒目閉じるやつだろ・・・」
と、A君が周りを警戒しながら言った。
「誰かやろうぜ?」
とB君が言い出した。僕もA君も例の”影”が怖くて、それどころじゃなかった。
「お前がやれよ。ここで見とくから」
とA君が言った。
「お前らぜってぇ、ここにいろよ」
とB君が念を押した。
「いかねぇいかねぇ。何かあったら助けるよ」
とA君がエアガンを構えていた。顔はにやけていたと思う。そしてB君が目を閉じて、口に出しながら数を数えだした。
「1・・・2・・・」
後ろで見ていた僕に、A君が肩を押してきた。口には出さなかったが、明らかにB君を置いて逃げようぜというような顔だった。僕は首を振っていたが、A君の押しに負け、トイレから抜け出した。
B君がいるトイレを後に、一気に階段まで走る。逃げる足音に気付いたB君が
「おい!マジお前らやめろって!!待てって!」
とかなり焦った声で追いかけてきた。
既に階段で待っていた僕達は、向こうから走ってくるB君を懐中電灯で照らしながら待っていた。その時、
「!?」
僕とA君が何かに気付いて叫んだ。
「おい!逃げろ!早くしろ!早く!」
思い思いに叫び、B君が来ると同時に階段を下りて、施設を抜け出した。それから走って近くの公園まで走った。3人でぜぇぜぇ言いながら、ベンチに座った。
「はぁ、はぁ・・・マジお前らありえんて」
B君が息を切らしながら言った。
「わりぃ、まじスマン・・・」
とA君が素直に謝った。
「で・・・何かあったの?」
何も知らないB君があらためて聞いてきた。落ち着いてきたころ、A君が話し始めた。
「お前がさ、トイレから走ってきたやろ?そんときさ、俺ら懐中電灯でお前照らしてたじゃん」
B君がうん。と頷く。さらにA君が続ける。
「そんときお前のでかい影映ってたんだけど・・・なぁ?」
と、急にA君が僕に目を向けた。僕は何も言わずに頷いた。
「お前の影の他にな、手がいっぱい写ってたんよ」
「はぁ!?」
とB君が驚いていた。
「そのいっぱい写った手の影・・・何かお前を引っ張ろうとしてるように見えた」
「はぁ?ウソやろ!?だって誰もいなかったやろ、何かあったらマジお前ら恨むからな」
とB君が睨んだ
そしてその日は、A君から塩をそれぞれもらい、帰宅することになった。もちろん一人で帰るだけでも怖かった。部屋でも明かりを消すことができず、ずっと塩とエアガンを持って、ベッドの上に座っていた。
翌日、日曜日は何事もなかったように家で過ごした。そして月曜日。いつもどおり学校へ行った。僕はいつも遅刻ぎりぎりで行くので、教室に入ったときには、先に来ている生徒でギャーギャー騒がしい。その日はいつもと違い、一つのかたまりのようなグループができていた。何事かとそのグループに入ると、
「お、来た来た」
とA君が僕を招いた。
「今さ、土曜日のこと話してたっちゃけど、お前も見たやろ?」
A君が、忘れようとしていたあの出来事を思い出させた。どうやら”影の手”のことを話していたらしい。
僕も参加して話していたら、霊感の強い、例の奴が口を開いた。
「お前ら、4秒数えた?」
それにA君が答えた。
「いや、数えたのはBだよ・・・なぁ?」
僕を見てきた。うんと頷く。
「あの噂には続きがあるっちゃけどね・・・」
例の奴が続けた。あの噂とは先に述べた、鏡の前で4秒間、目を閉じて、目を開いたとき鏡に女性が写れば、良いことがあって、男性が写れば、一生呪われる。というやつだ。
どうやらその噂には続きがあったらしい。例の奴がさらに続けた。
「4秒数えて目を開けて、女性ならいいんだけど・・・男性だったらやばい。だけど、もっとやばいのがある。それは、4秒数え終わるまえに目を開けたときだ」
僕とA君はぞっとした。もしかしたらあの時、B君は数え終わる前に目を開けたかもしれない。B君は珍しく学校にはまだ来ていなかったので、定かではなかったが、4秒数える前に目を開けたらどうなるかA君が聞いた。それに答える。
「うん・・・。4秒数える前に目を開けたら、鏡の中に引っ張られる。あの鏡割れてたろ?だから、体もバラバラになって引き込まれるらしい」
その時、教室のドアがガラっと開き、一斉に皆が見た。そこには腕に包帯を巻いたB君がいた。
「どうした!?」
と皆駆け寄る。B君が言った。
「分からん・・・土曜の夜、家に帰ったら切れちょった。たいした傷じゃなかったけど、血が止まらんかったからさ、おおげさやけど、一応ね」
と苦笑いだった。例の奴がはっとして、聞いてきた。
「お前らさ、塩かなんかもっちょらんかった?」
「俺が持ってたよ。Bにも振りかけてやった」
Aが答えた。例の奴が謎が解けたように、しゃべりだした。
「そういうことか・・・。俺がさ、前はなしたやん?友達と、友達の兄貴で行ったってやつ。あれ、後から聞いたっちゃけどね、何か友達の兄貴は途中で怖くなって4秒数える前に目を開けたらしい・・・。それでな、魔よけとして、塩をかぶってたって。だから足を切られただけで済んだのかもな・・・」
あれから数年。忘れようとしても忘れられない体験は、今も脳裏に焼きついて、今もこうやって鮮明にカキコできる。
以上、ひと夏の経験でした。みなさん、影には注意しましょう。
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