臨死体験

ガキの頃階段から転げ落ちた。当時住んでいた家は古い木造住宅で階段は急、さらに下りきった正面には柱が立っており、その柱に頭から突っ込むハメになった。

音を聞きつけ、当時同居していた祖母が部屋から出て来る。俺を発見するなり叫び声を上げ、両親を呼ぶ。父と、幼い妹を抱えて母もやってきた。みるみる広がっていく床の血溜りで状況を察した父は、俺を抱き上げ必死に俺の名を呼んでいる。母がどこかへ駆けだした。

今思えば、救急車を呼ぶため電話をかけに行ったのだろう。俺の頭を押さえる父の手の指の間からは、暗い色の塊が床へ滴っていた。その光景は今でもはっきり覚えている。

おろおろするばかりの祖母。厳しかった父が俺の名前を呼んでいる。声が少し震えているような。泣いているんだろうか。よく聞き取れない。母はいない。まだ電話をしているのかもしれない。不思議そうな顔で「俺」の方を見つめている妹。

ふと気づく。

何かおかしい。

家の中はこんな灰色がかった色だったろうか?なぜ目の前で叫んでいる父の声がこんなに遠いんだ?家族は皆 俺 を取り囲んで騒いでいるのに、妹はなぜ「俺」を見つめているんだろう?

あぁどうして「俺」は「こんなところ」から家族を眺めているんだろう?

俺は階段の下で血を流して倒れているというのに!

その瞬間、恐怖が襲ってきた。死ぬ。自分は死ぬ。

当時、霊だの魂だのといった概念は当然理解していない。超常的なものに対する知識と言えば、せいぜい「オバケ」くらいのものだ。だから直感的に悟ったんだ。「俺」はさっきよりも高い場所にいる。このまま昇ったら死んでしまうんだと。

さっきよりも視界から色が失われてきている気がする。寒い。なんとか家族の元へ戻ろうとした。焦燥にかられながらもがく。宙を泳ぐように身体を動かしているつもりだが、一向に近づくことができない。そもそも身体が動いている感覚がない。身体が「ある」感覚がない!

すると、ぼーっと「俺」を見つめていた妹が唐突に口を開いた。

「おにた!」(おにた = おにいちゃん)

視界が暗転し、落下するような感覚があった後、意識がなくなった。

次に覚えているのは、病院のベッドの上で見舞いに来た友達と話しているシーンだった。頭に包帯を巻いた俺と見舞いのみんなで撮った写真は今でも実家にある。

その後順調に回復し、今も何事もなく生きているわけだが、あの時妹が呼んでくれなかったら、きっと俺は死んでたんだろう。見える妹GJ。助かったぜ。今度帰ったら飯でもおごってやるか。

今でもわからない事がひとつ。

あの時階段の上に独りでいた俺の背中を突いたのは誰だったんだろう?
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