危害は加えませぬ

俺の親友に、稲葉と言う男がいる。あだ名はもちろん、イナバウアー。もしくはバウアー。または、イナバ物置。酷い時は「物置」とか「100人乗っても」とか呼ばれる時もある。こいつが結構霊感あるヤツで、見えるらしい。こいつとつるんでると、たまに不思議な体験が出来る。共に、オカルト好きで女好きと言うしょーもない2人だ。

その日も、街でナンパしてたんだが、2〜3時間粘っても、何にも釣れない。夜の12時にもなったし、こんな日もあるよな、そろそろ帰るかぁ、と車のパーキングに戻ろうと歩いていた時、2人組の酔いどれギャルが目に止まった。イケる。

いつもの様に、最初に俺が声かけて、後でバウアーが入ってくる。バウアーは意外とシャイだ。酔いのせいか、もともと軽いのか知らんが、すぐさま車に乗ってきた。何やかんやと話してる内に、どういう流れでか怪談話になってきた。

じゃあ、近くに「出る」と言われてる山があるんで、行ってみようかと。夜景も綺麗だし。トイレに行きたいと言う2人をコンビニで降ろし、車内で待っていた俺らは妄想を膨らませていた。

「おい、物置。スポット見終わったら速攻ホテールだろ」
「俺は今日じゃなくてもいいけど…」
「このつくね野郎!!掘り出し物は明日になれば、誰かに持ってかれるかもしれないんだよッ!?」
「じゃあ向こうが同意したらね…」
「そらそうよ」

やがて2人がトイレから戻って来た。

小1時間ほど経って、目的地の山の中腹、第一駐車場についた。ギャル2人組は、1人は寝て、1人は元気に喋ってると言う状況だ。出る、と言われてる山頂は、まだ20分ほどかかる。

「なぁ、今日はここまでにしないか?…何か山の様子がおかしい」
「なぁ〜に言ってんの!!そこんとこど〜なってんの!!肝試し!!さっさと肝試し!!」

と渋るバウアーを騒音ババァ並みのテンションで説き伏せた俺は、山頂へと車を出した。

ついた頃には、寝ていた子も起き出して、4人で車を降りてみた。辺りは砂利の広場の様になっており、かなり広い。いつもは夜景目当てのカップルの車で賑わっているのだが、平日の深夜と言う事もあり、俺たちだけだった。ギャル2人組は、夜景が綺麗だと騒ぎ、写メ等を撮っていた。

問題の「出る」と言われる場所は、山頂の広場から、少し横にずれた小道から登る道の途中、もしくはその終点にある古い社の様な物の近辺だ。ところ

が、いざとなると、山の夜の静けさや、冷気に臆したのか、ギャル2人組は車で待っていると言い出した。仕方が無いので、俺たち男2人だけでパッと社まで登り、ササッと帰ってくる事にした。

「おい、さっきの山が変って何?」
「俺らが来た事にあんまりいい気がしてないみたいだな」
「誰が」
「氏神?山神かなんか知らないけど、人の霊じゃない」
「そんなの、さっきコンビニで買ってもらった、いなり寿司で大人しくなるよ」
「でっ、デタラメだよッ、そんなのッ!!」

くだらない話をしながらも、俺たちは社に到着した。普通のこじんまりとした社で、比較的新しい花と、団子が備えてあった。一応、手を合わせて拝んだ俺たちは、sexの事しか頭に無かったので、ギャルらが待つ車へと急いだ。その降りの帰り道。

「危害は加えませぬ」

えっ?山道と平行した、山林の方から、老人とおぼしき声が聞こえた。

「危害は加えませぬ」

もう1度。こんな夜中に、人にしろ霊にしろ、どっち道怖いので、駆け足で俺たちは降り始めた。

「危害は加えませぬ危害は加えませぬ危害は加えませぬ危害は加えませぬ」

俺たちと同じスピードで、山林の中の声も追ってくる。もはやパニック状態だ。

「あれなんだ!?」
「知らねーけど捕まったら以前と同じ暮らしは出来ないよッ!!」

前方に、山頂の広場が見えてきたその瞬間、

「危   害   は   加   え   ま   せ   ぬ」

山林から、目の前にヌッとそれは現れた。顔は赤ん坊の様だが、体が、どう言って良いのか分からないが、山猫の様な感じだった。俺たちは声にならない叫びを上げ、車へと滑り込んだ。ギャル達も、何が起こったのかと言う表情をしている。

「どっ、どれだけベビーフェイスなんだよッ!!」
「助けてガリレオ!!」

山道を転落してもおかしくないスピードで、何とか車は市街へと到着した。ギャル達も何かを察したのか、終始無言のままだった。何か白けてしまったので、その日は番号やメアド交換して分かれる事になった。別れ際に、俺は聞いた。

「俺らを待ってる間、何か変わった事なかった?」
「う〜ん、直接車から出てハッキリ見たわけじゃないけど、00君たちが登っていったすぐ5分後くらいに、野良犬か野犬みたいなのが車のそばに来たの。人懐こいのか、しきりに鼻を鳴らして、車に体こすり付けてたよ」
「もう一匹いたのかな」

ギャルたちを降ろした後、バウアーがぽつりと言った。
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