ミイラ薬

先達て断っておくが、これは事実か否かはわからない話である。僕個人の見解では、嘘だろうと思っている。

ひょんな事からダ・ヴィンチの人体解剖の話になった。ついで、ミイラの話になった。

「ミイラを作る時は内臓を掻き出さなけりゃならないんだよ。でないと腐るからね」

と友人がさも訳知り顔で言う。代々と続く薬屋の息子だから、詳しいのかも知れないが、鼻に着く。

「内臓を取り出すだろ、その後脳を出して……」
「切開するのか?」
「いや、耳掻きみたいなのを鼻に突っ込むんだそうだよ。鼻の置くの肉を抉って、そこから脳髄を掻き出すんだとか」
「随分グロいね」
「でも外人も日本人もそれを薬として服用したんだってね。ミイラを薬にしたんだと」

と言って、またも知った風な顔をして話し出す

「そのミイラ薬って『何でも治る』とか『不老長寿の妙薬』って宣伝だったんだって。ミイラって、遺跡にあるものじゃない?でも、そうそうしょっちゅうミイラなんて見付かると思う?それにエジプトの砂漠だよ?見付からずに野垂れたらたまらないじゃない。とはいえ、金になる。金は欲しいが、リスクは大きすぎる。ではどうするか?

そこであらわれたのが『ミイラ商隊』。別にキャラバンでエジプトに死体発掘に行くわけじゃないんだ、もっと簡単な方法を取る事にしたんだよ。無いのなら、作ったらはやい、ってわけでね。作る事にしたんだって。

誰々が死んだ、という話を聞いたら墓地に埋まるのを待つ。墓地に埋まったらその夜のうちに掘り返して墓を暴く。その死体を盗んで干すんだって。ところが、エジプトのミイラ職人の様な知識が無いからとりあえず血抜きして、五体を刻んで、内臓を出して天日に晒すんだ干物みたいに、時には往来も気にせず肉片を晒したそうだよ。

その商売は大当たりした。だから、次から次にミイラを作った。だけど死人を待ってちゃ埒があかんってなわけで、まぁ、人を殺しだしたわけだ。何人かでグループを組んで、特に若い男が良いとされていたので、10代の男を殺す。殺したその場で五体を解体し持ち去るんだ。だから、その場に残っているのは尋常じゃ無い血液だけ。それがまた手慣れている者達になると、その場で内臓も引きずり出すので、町中に乾いた血液でバリバリになった内臓がポツンと残される。

そんなわけで、ミイラ商隊は儲けに儲けた。だけど利は更なる利を欲すわけで、今度は新商品を作ってもっと儲けようとした。

それが『いきのいい新鮮なミイラ』ってのだ。要するに死体の肉片なんだな。そんなもの常識で考えればわかりそうなものだが、これがまた、売れた。乾干しになったミイラより、新鮮なのが効くと思ったのかみんなこぞって買ったそうだ。

それが売れ出したら、もう内臓も捨てるはずないわな。んで、脳味噌も。脳味噌は特に高かったらしい。『新鮮な脳味噌のミイラ』は大いに売れて万能の霊薬として誰もが欲しがったとか。

ところが、すぐにその商売は廃業になってしまったんだ。一つは、商人達が行方をくらました事なんだが、もう一つは、服用した人間が奇病にかかってしまった事。

その『脳味噌のミイラ』を服用した人間は一時身体はすこぶる軒高になるんだけど、二三日もしないうちに頭痛を訴えるんだ。それから、嘔吐。と身体機能麻痺。それから痴呆。最初のうちは液状のものを出すんだけど、しまいには豆腐の様な塊をぼろぼろと吐き出す。吐いても吐いても止まない程、ぼとぼと、と灰色がかった血色混じりのものを吐く。そのうち身体は動かず、阿呆みたいなって死んでしまう。もうわかってるとおもうけど、自分の脳味噌をゲロってたんだって」
「嘘だろー。それは流石に」
「どうだかね。少なくとも、俺は昔からなにかってぇと先祖代々の霊薬として頂いてるけどね。まぁ、乾燥してるんだか成仏したんだか、何とも無いけど」
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