3人目の男
〜後編〜
「このあたりはね、出るそうですよ。」
めずらしく、運転手の男が自分から口を聞き、ポツリと言った。
「・・・?出るって・・・何が?」
「出るんだそうです。」
「だから・・・何が?」
「・・・・・・・」
Y君が尋ねても、運転手は何も言わない。黙って前を向いて運転しているだけだ。なんだかそのシルエットになった後姿も、さっきの地蔵そっくりに見えて気味が悪かった。
(くそ・・・なんなんだこいつ・・・)
Y君がそう思っていた時、隣の看護婦さんが言った。
「あのお・・・あのガソリンスタンド、さっきも通りませんでしたか?」
「えっ?」
彼女はいったい何を尋ねているのだろう?
「ほら、今度は自動販売機。これって、さっきも通り過ぎましたよね?」
たしかに、車の後ろに自動販売機らしい明かりが飛んでいく。つまり看護婦さんは、この車がさっきからずっと同じ所を走っているのではないか・・・と言いたいらしいのだ。
「そんなことはないですよ。」
答えたのはY君ではなく、運転手の男だった。
「気のせいですよ。この道路は一本道ですからね。曲がってもいないのに同じところは走れませんよ。郊外の道なんてみんな似ていますからね。単調ですし。気のせいですよ。」
運転手は初めてと言っていいくらいペラペラと話した。そして、ヒヒヒ、と低く笑った。
「・・・・・・・」
「・・・・・・・」
その笑い声を聞くと、Y君も看護婦さんも何も言えなくなってしまった。
「何か、かけましょうか。」
運転手の男は手を伸ばしてなにやらゴソゴソやると、テープを取り出した。そして、それをカーステレオに押し込んだ。・・・ところが、音楽は流れてこないのである。2、3分たっても何も。圧迫感のようなものに耐えかねて、Y君はカサカサに乾き
はじめた唇をまた開いた。
「何も、聞こえないんだけど。」
「・・・・・・・」
「ちゃんと、入ってるの、それ?」
「・・・・・・・・・・」
「ねえ」
「聞こえないでしょ?なんにも」
「ああ」
「深夜にね、家の中でテープをまわしておいたんですよ。」
「は?」
「自分は外出してね。家の中の音を拾うように、テープをまわしておいたんです。」
「・・・なんで、そんなことしたわけ?」
「だって、留守の間に、何かが会話しているのが、録音できるかもしれないでしょう?」
「・・・・・・何かって・・・・・なんなんだよ?」
「・・・・・・・・・・」
Y君は、相手が答えなくてよかった、とはじめて思った。と、いうよりも、それ以上その男と会話をしてはいけないと思った。背中に、気味の悪い汗がにじんでいた。ぞっとするものがせまい車内にみなぎってきた。
とたん、隣の看護婦さんが悲鳴をあげた。
「ッ!!!」
窓の外にはまた、地蔵たちが並んでいたのだ。頭が割れ、目がえぐれ、ギザギザの口でゲラゲラと笑い続けている、あの異様な石の地蔵たちが・・・
「止めろ!」
運転手は何も言わない。
「車を止めろ!!」
Y君はもし運転手が言う事を聞かなかったら、力ずくでも車を止めるつもりだった。だが、以外にも、車はあっさりと静かに止まった。運転手は何も言わないままだ。
Y君と看護婦さんは、転がるようにして軽自動車から降りた。車はすぐに再発進して赤いテールランプが二人の前から遠ざかって行った。
Y君はぼんやりと辺りを見回した。看護婦さんもそうだった。二人は顔を見合わせた。街灯の光しかなかったが、お互いが蒼白になっているのが分かった。足がガクガクした。
そこには石の地蔵などはなかった。それどころか、近くには海の音が聞こえていた。そこは、あの海浜公園のすぐ側だった。
「・・・どうやってぐるりと戻ってきたのか全然分からないんです。だって、今しがたまで郊外の道路を走っていたはずなんですから・・・」
それだけではなかった。問題の3人目の男について、
「翌日、友人に連絡を取ったら、予定していた3人目は1時間、時間を間違えて待ち合わせ場所に来てしまっていたらしくて、そのまま待ちぼうけてその日は帰ってしまったって聞かされたんです。」
それでは、一緒に合コンに参加し、Y君たちを乗せたあの男はいったい誰なのか?
後日、Y君は自家用車であの時とほとんど同じコースをたどる機会があったのだが、道路のどこにも、あのえんえんと続くいやらしい石の地蔵などはなかったらしい。
あのドライブは現実のものだったのだろうか。現実だとしたら、自分たちはいったいどこを走り、そしてどこに連れていかれるところだったのだろうか・・・
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