流れる血

数年前、俺が住んでいた団地は自殺の名所になっていた。500m先には同じくらいの高さの団地もあるのだが、そこの住民までわざわざ飛び降りに来るくらいだった。子供の頃からずっとそこに住んでいた俺は、飛び降り死体なんて何人も見ていたし、「また自殺があった」と聞けば死体を見に走っていくこともよくあった。血溜りの中に浮かぶ脳ミソが意外なほど白かったのを今でも覚えている。今思えば嫌な子供時代だ。

一時期に比べれば飛び降りも少なくなっていた高校時代に、俺は遂に決定的瞬間に立ち会う事になった。出掛けようと団地の玄関から外に出て少し歩いた時、ふいに背後で「ゴッ」と何がブロックでも倒れたような音がした。何だろうと振り返った俺が見たものは、人間だった。

最初ソレを見たとき、俺はただ単に貧血か何かで人が倒れているだけだと思った。

−俺がいままで見てきた死体は皆頭が割れていたり、下半身が変な風に曲がっていたり、何か決定的に「死」を連想させる姿をしていたからだ−

しかし近づいてよく見ているとソレはもう死んでいた。恐らく屋上からでは無く、4〜5階程度の低い所から落ちたのだろう。死体は割と綺麗だった。ただ頭と耳から血を流していた。

しばらく眺めてから、俺は近くの派出所に向かった。そしてその死体はすぐに警官たちによって青いシートをかけられ隠された。

その日の夜、俺は金縛りにあった。

金縛りには "霊的なもの" と "そうじゃないもの" の2種類ある。後者は体の疲れ等からくるもので、頭は覚醒しているのだが体が覚醒していない為に動けない、とかそんなだったと思う。その金縛りならそれまで何度もあった。

だが、その日だけは様子が違った。夜中に目が覚めた俺は体が動かない事に気付いたが、どうせいつもの金縛りだろうと思った。しかし何かが違う。何かおかしな空気というか雰囲気というか、とにかく違和感を感じた。そしてだんだんと意識がハッキリしてくると、背後に誰かが立っているのに気が付いた。いや見えないから "感じた" というのが正しいか。

俺はいつも仰向けでは無く横向きに、猫のように丸まって寝ているのだが、その背後に誰かが居るのである。俺の背後は開けっ放しの扉になっていて、その向こうの部屋はリビングになっている。両親の部屋からトイレに行こうと思ったら必ず通る部屋なので、最初はトイレに行ったついでに親父がこっちを見ているのかと思った。

だがそれにしてはおかしい。もう何分もその誰かは俺の背後に居て、俺を見続けている。近付いてくるでもなく、話しかけてくるでもなく、ただじっとコッチを睨んでいる。"殺気" というのはあーいうのを言うのかな。

そんな状態がどれだけ続いただろうか……俺は意識を失っていた。

朝。目が覚めた俺は昨夜の事を振り返り、そして自分の体に何も異常が無い事に安堵し、顔を洗ってサッパリしようと洗面所に向かった。

冷たい水で顔を洗ってたらある事に気が付いた。排水口に流れていく水の色が若干赤い事に。怖かった。俺はよく鼻血を出していたので、顔を洗っている時に鼻を刺激して鼻血が出たんだろうと思った。思い込もうとした。

でも、怖くて顔を上げることができない。顔をあげて鏡を見るのが怖かった。だから俺は顔を上げず、タオルで乱暴に顔を拭って洗面所を出た。急いで洗面所を出て母親とぶつかりそうになり、その母の俺を見る目で、何となく自分の状況を理解した。

洗面所に戻り鏡を見た俺は、頭と耳から血が垂れていた。

今でもその時の事を思い出すと、「寝ぼけてどっかで頭をぶつけたんじゃないか」とか思う事もあるが、そもそも頭に外傷など全く無いし、痛む所も無かった。 それから不自然な事に、枕や布団には全く血は付いていなかった。
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