位牌
〜後編〜

それから友人は働きまくり、2ヶ月ほどで30万近くためた。昼間俺のうちで寝る以外はずっとバイトをしていた。

その間、あの部屋に服なんかを取りに戻ったとき(当然昼間)、家にあった食器がすべて粉々になっていたのを発見したり、大家から電話がかかってきて“夜中に”わめいたり暴れたりするのをやめろと言われたりしたみたいだが、あまり気にしないように勤め、黙々と働き続けた。(事情を知ってるオレにだけは、報告みたいな感じで教えてくれた)当然かなりやつれたが、金が貯まったときはほんとにうれしそうだった。

引越しの日、当然今度も俺が手伝うことになった。今回は確実に、日の光のあるうちに引越しを済まさなければいけない、もう一人に声をかけ手伝ってもらうことにし、(友人Bとでも呼んでおこうか、こいつはその部屋の話は何も知らない)前以上に段取り良く、要領良くすすめ、昼過ぎにはほぼ終わらせることができた。

引越し先の家から、件の部屋に戻り、不動産屋と大家の立会いの時間まで部屋を掃除していた、1Kの部屋に3人がかりだったので掃除はすぐに終わった。

ここでオレに魔が差した。

2ヶ月が経ちあの恐怖が薄れていたのだろうか、3人居るから気が大きくなったのか、それとも明るい太陽のせいか。お札だの、不自然な髪の毛の束だの、血の染みだの・・・原因となったものが何か無いか探してみようと思ってしまったのだ。友人もしぶしぶ付き合ってくれた。

引越しの住んだガランとした1K、探すような場所はそう多くない。押入れ、天袋、さらには畳を一枚一枚持ち上げてまでチェックしたが、何も無い。(友人Bには意味がわからないまま手伝わせた)最後に天袋の隅っこにあったはめ込み式の板をはずして、天井裏を覗いてみることにした。

しかし、いくら昼間とはいえきっと天井裏は真っ暗な闇が広がっているに違いない、それを想像すると、あの夜の恐怖がよみがえりさすがにちょっと腰が引ける。そういう訳であるから、ここは何も知らない友人Bの出番ではなかろうか、と考えた私は友人Bに懐中電灯を持たせ、天井裏を覗いて貰った。幸い、童心あふれるB君は嬉々として引き受けてくれた。

・・・・・

「へー、天井裏ってこーなってんのカー、んー、別に何もねーぞ?ん?あっ!待って、なんかあった、なんだろあれ?」

そう言うとBは天井裏の奥まで入っていってしまった。にわかに不安になる俺と友人。そして戻ってきたBの手にしていたもの・・・それは・・・

“位牌”

  そうです、あの位牌です。仏壇においてある、あの位牌です。位牌は仏壇に置くものです、天井裏に置くものではありません。でも有ったんです、天井裏に。位牌が。

B君の手にしている、埃まみれのそのブツを見つめたまま、3人とも凍りついてしまった。元気があれば何でもできるB君も、さすがに元気を無くしていた。

どのくらい固まっていたのだろうか。とりあえずこれは、ちょっと本気でヤバイなぁ・・・、と考えるくらいの冷静さを取り戻し、未だ呆けたようにぢっと手を見るB君に、とりあえずその物体から手を離してみてはどうか、と提案してみた。

そして、B君がその位牌を床に置いた瞬間!

ドタドタドタドタドタドタドタドタドタドタッ・・・!!!!!

天井裏を、狂ったように駆け回る音が、がらんどうの部屋に響き渡った・・・!!!

全身の毛が、総毛立った。転がるように、外にまろび出た。Bも慌ててついて来た。外に出て、太陽の光に包まれてもなお、オレと友人の肝は冷えたままだった。藪を突っついたら、蛇が出てきた。激しく後悔した。

その後やってきた不動産屋と大家に、友人は食って掛かったが、不動産屋と大家は、最初は相手にしなかった。それどころか、友人に変なものを持ってきて因縁をつけるな、みたいな言い方をした。

どうやら友人を、相当胡散臭い奴だと思っているようだった。しかしオレと友人Bが援護して、ようやく友人の言い分を信じたようだ。

この物件で、過去に事故は起きていない、それは本当だ、しかし友人のすぐ前の入居者だった人は、家賃を滞納して行方をくらましていたそうだ。このご時世で、そういうことは稀にあるし、そんなことを次の入居者に報告しておく義務は無いので、言ってなかったが。ひょっとしたらその人が置いていったのかもしれない、等と言った。

結局その位牌は、大家が預かって、お寺かどっかで供養してもらうことになり、その部屋も一応御払いしてもらうことにすると言っていた。

友人はその後、新しい家で何事も無く暮らしている。夜もぐっすり眠れているようだ。オレにも別に、特に変わったことは起きていない。しかしあの夜のことを夜中に思い出したりすると、ちょっと寝つきが悪くなる。
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