二人で
〜前編〜

一週間も前かな? そんなに前じゃなかったかも。兎に角暑い日だったなぁ。蝉がミンミン鳴いていて、木陰にいてもとても暑かったんだ。

「なぁ、たっくん。実は良いとこ見つけたんだ」

亮は垂れたアイスがついた指をしゃぶりながら僕に言った。

「いいとこ?」

「そっ、いいとこ。 でもさ、一人じゃ駄目なんだってさ」

亮はアイスのバーに当たりと書いてなかった事に腹を立てたのか、バーをぼきりと折ると、思いっきり投げつけた。

「なんかさ、スッゴイお宝があるらしいんだよ。でもさ、絶対に二人じゃないと手に入らないんだって」

亮は僕の目を下から覗いた。僕に一緒に行って欲しいって言っているんだ。僕と亮はどんな時も、二人一緒だ。喧嘩したって、次の日には笑って仲直りできるんだ。

「んじゃさ、僕と行こうよ」

そう言うと、亮は満面の笑みを浮かべた。

「もっちろんさ。だからたっくんにしか言ってないもん」
「よし、どうせ今日は面白いテレビもないからさ、これから行こうよ」

ホントは五時から始まるアニメが見たかったけど、クラスメイトの誰かがきっとビデオにとっているはずだ。それよりもこの好奇心そそられる冒険の事で頭が一杯だった。

「南の山の麓の森あるじゃん? そこにさ、古い洋館があるんだよ」

亮の詳しい説明によると、森の大分奥まった所に、誰も住んでいない洋館があるらしい。南の山って言うのは、松茸だか何かが取れるとかで、一般の人は立入禁止になってるんだ。だからここら辺の人は絶対に入っちゃいけないことになってる。

「でもさぁ…。南の山に入ってもいいのかなぁ?」
「大丈夫、大丈夫。怒られたら俺の所為にしていいから」

亮は良くこの台詞を使う。でも、実際亮の所為にしても、結局僕も怒られちゃうんだ。

「でも…」
「ぐずぐずしてたら、他の誰かにお宝取られちゃうよ!!」

亮がだだをこねだしたら、もう少しで怒り出すサインだ。

「わかったよ、行くよ、行く。二人じゃないと駄目なんだし」

森はひんやりとしていて、今日みたいな日には心地よかった。迷いそうでちょっと心配だったけど、亮はズンズン先へと進んでいった。亮がいるから安心だ。亮は野生児って感じだもんな。亮は途中何度かポケットから紙屑を出すと、道ばたに落としていった。

「ねぇ、何してるの?」
「これはね、帰りに迷ったりしないように標し残してるんだよ」

なるほど。これなら暗くなってもこれを辿れば迷わないな。

一時間も歩いただろうか。開けた所に出た。目の前には何とも言えない雰囲気の洋館がそびえていた。

「たっくん…、別に無理して入らなくてもいいんだぜ?」

ここまで来て何を言ってるんだろうと思ったよ。亮は腕っ節は強いし、青大将だって素手で捕まえられるけど、幽霊とかお化け屋敷とか、そう言うのは大の苦手なんだ。僕はそう言うのは全然平気。むしろ大好きさ。

「なんだよ、亮ちゃん。怖くなったのか?」

ちょっとバカにした様に言うと、亮はむきになって怒りだした。

「何言ってるんだよ!! 怖いもんか!! 行くぞ…」

大きな玄関前に行くと、ドアになにやら書かれている事に気づいた。

『二人ずつお入り下さい』

本当に二人で入らないと駄目なんだ。実際こんな所があるなんて、ちょっと信じられない感じだった。誰が、何のためにここを用意したのか判らないけれど、入ってはいけない所で無いのは判った。

「よしっ…行くぞ、たっくん」
「うん」

ぎぃぃ。きしむような嫌な音を立ててドアが開いた。中は森の中以上にひんやりとしていて、寒気すら感じた。なんとも言えない埃とカビの匂いが鼻をついた。流石の僕もちょっと帰りたくなった。

「暗いね…ホントにお宝あるのかなぁ?」
「た、たっくん、怖いんじゃないのか?」

今度は僕がバカにされた様な気がした。でも、本当は亮の方が怖がっているって事はわかっていた。

「大丈夫だよ、亮ちゃんと一緒だからね」

いつもの亮に戻ってくれないと、僕も不安になってくる。僕は亮に頼ってる様に感じさせて、亮の気持ちを盛り上げた。それはとても上手くいった様だった。

「そうだよね。二人一緒だもんね」

亮が力強く歩き出した。

館の中は本当に薄気味悪かった。至る所に蜘蛛の巣が張っていて、それにかかる度に気持ち悪くて悲鳴をあげたくなった。でも、悲鳴をあげてしまえば、二人とも挫けてしまいそうだと思い、精一杯我慢したんだ。亮も多分同じだったと思う。

所々の壁に掛けてある絵も、何だかよくわからない絵で、紫や、赤や黒が混じったような、気持ちの悪い物だった。僕等は出来るだけそれが目に入らないように前だけ向いて歩いた。

途中のドアを何度か開けたけど、何も見つからなかった。ほとんどの部屋はがらんどうで、塵と蜘蛛の巣しかなかった。そろそろ諦め様かとしていた時、その部屋についた。

これまでの部屋と違い、そこには色んな物が置いてあった。本棚、机、ベッド。壁には世界地図が掛かっていた。

「ねぇ、亮ちゃん。この部屋、何かあるかもよ」

興奮した口調で僕は言った。

「よしっ、お宝見つけよう!! 手分けして探そうぜ」

亮は机。僕は本棚を探すことにした。ホントはベッドの上に乗ってる物を調べろっていわれたけど、本棚の方が何かありそうだからと断った。でも、ホントは違うんだ。ベッドの上のものは何か恐ろしげで近づきたく無かったんだ。

二人とも黙々と調べたけど、大した物は見つからなかった。本棚に一杯ある本も、なんだか判らない言葉で書いてあって、大人達は喜びそうだけど、僕等にとっては何の価値も無かった。

結局部屋中調べたけど、何も見つからなかった。残すはベッドだけだった。亮も嫌な雰囲気がしてるのは気づいてる様だった。

ベットの上にかかったピカピカ光った青のベルベット。それは奇妙に盛り上がっていて、その下に何かあるのは判っていた。

「イチニのサンで、この布を引っ張ろう」

と亮が言った。

「うん。僕こっち端持つから、亮ちゃんそっち持って」

僕は逃げ出す準備をしていた。その下に何があるか、大体予想はついていた。

イチニのサン。

その瞬間、力一杯布を引くのと同時に、目を堅くつぶり顔を背けた。亮の悲鳴が聞こえた。僕は目をつぶったまま、ドアまで駆けていた。

パニックになった亮がわぁわぁと叫ぶ。ふと、その叫び声が止まる。次の瞬間…

「宝だ!! 宝を見つけたぞっ!!」

しまった!! 臆病な所を見せたばっかりに、亮に先にお宝を見つけられてしまった。僕は勇気を振り絞ると、ベッドへと目を向けた。

想像した通り、ベッドの上には死体が転がっていた。しかし、思ったより大した事はなかったんだ。前に何かの本でみた、ミイラみたいだった。それはどうやら僕等と同じ年くらいの子供の様だった。その首にはきらきらと金色に輝き、目の部分に、真っ赤な宝石が埋め込まれた鷲の形のペンダントがかかっていた。

「た、たっくん。あのペンダント取ってよ」

亮が震えた声で言った。亮はこう言うのが苦手だからなぁ。でも、僕だってそんなの嫌だよ。

「亮ちゃんが見つけたんだろ? 亮ちゃん取れよ」
「ふ、二人で協力しなきゃ駄目なんだよ」

確か、二人で協力しないと宝は取れないって話だったな。でも、これなら別に一人で取っても取れるじゃないか。よぉし、それなら僕が取って、僕の物にすればいいんだ。

僕はおもむろに手を伸ばし、鷲のペンダントを掴んだ。弾みで死体の少年がこちらを向いた。心臓が口から飛び出しそうになった。でも、震える手で掴んだ宝は決して離さなかった。慎重に、慎重に、死体に触れないようにそれをはぎ取った。

「やった!! やったぞ!! お宝ゲットだぜっ!!」

手にした途端、さっきの怖さなんて吹き飛んで嬉しさ一杯になった。高々とペンダントを掲げ、跳ね回った。まるで、僕一人しか居ないかの様に、有頂天になってしまった。

そんな僕を見て、亮が怒りを顕わにした。

「俺が最初に見つけたんだ、俺によこせっ!!」
「そんなのおかしいよ!! 実際取ったのは僕じゃないかっ!!」

僕は亮の理不尽な言い分に心底頭にきたんだ。だってそうでしょ? アイツは口先ばっかりでなんにもしなかったんだ。びびって何にも出来なかったくせに、美味しいとこだけ持っていくつもりなんだ。

「実際取ったからってなんだよ…。大体ここ行こうって言ったのも俺だぞ」

普段大人しい僕が、怒鳴ったりしたもんで亮はビックリした様子だった。でも、腕っ節に自信がある亮は、僕相手には引こうとしなかった。あんなに怖がっていたくせにだ。

「よこせよっ!!」

亮は僕の手に握られたペンダントをむしり取ろうと力一杯引っ張った。嫌だと口では言わずに、僕も精一杯力を入れた。その時亮の左手が弧を描いた。光の筋がパッと描かれたと思うと僕の腕から力が抜けていた。次の瞬間、鋭い痛みが襲ってきた。亮は隠し持っていたカッターナイフで僕の腕を斬りつけたんだ。

「痛っ!! 酷いよ…酷いよ亮ちゃん」

亮が呆然と僕を見つめていた。

「ご、ごめん…。本気じゃなかったんだよ…」

亮の目は何処か怯えている様だった。どうやらチョット脅かしてやろうってくらいの気持ちだったらしい。

「でも、たっくんが悪いんだぞ。素直に渡さないからっ!!」

亮は僕の所為にした。僕は全然悪くないのに。悲しかったけど、泣かなかった。泣いたら負けだから。痛くて、悔しくて、情けなかった。

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