二人で
〜後編〜
でも、この時ペンダントなんてどうでもよくなったんだ。亮は僕を傷つけてまでこれを欲しがってる。僕はこんな物の為に人を傷つける気なんてさらさらない。おかしいのは亮だけど、こんな物要らない。僕が辛い思いをしたのも、怪我したのもペンダントの所為だもの。
「いいよ…そんなに欲しいんだったら、そんな物くれてやるよ…」
僕は釈然としない所はあったものの、潔くそう言った。
「ほ、ホント? ホントにホント?」
亮は少しビックリしてる様だった。失敗しただった知れないな。亮が、自分が悪いと思ってる今なら、何とか巧く僕の物に出来たかもしれなかった。
「いいよっ!! 何回も言わせないでよ!!」
「あ…ありがとう…」
亮はばつの悪そうな顔で僕の目を上目遣いで見ていた。
「その代わり…。今度何か見つけたら僕にくれよ」
「うんっ、うんっ、約束するよっ!!」
亮がにっこりと笑った。こんな約束、コイツは明日になったら忘れるんだ。だけど僕は忘れない。そしたらその時言ってやるんだ。あの時、ペンダントを譲ったじゃないかって。僕に怪我させた事をみんなにばらしてやるぞって。
その後、また奥へと向かった。亮は上機嫌だった。途中何度も振り返っては、僕に良い奴だの、今度おごってくれるだのと、機嫌を取っていた。僕はそんな亮の態度をまるで人ごとの様に流す。僕のそんな態度に気づかない亮が鬱陶しく思えた。
あんな事があった後だから、何もかも色あせて見えた。蜘蛛の巣が顔にかかってもなんて事はないし、壁に掛かった絵だって、別に動き出す訳でもない、ただの絵だ。
何もかもつまらなくなって、今はただ帰りたかった。早く帰ってテレビが見たいなぁ。今日の夕ご飯はなんだろうなぁ。適当に亮の後をついて行くだけ。
と、前を行く亮が大声を上げた。
「おぉいっ!! あった、あったぞ、お宝!!」
飛び込んできた声に、急に現実に戻された。現金なもんだよね。でも、お宝って聞けば機嫌も治るよ。
パッと駆け出し、亮に追いつく。
「あ、駄目だよ!! 気をつけて!!」
ふと足下を見ると、そこにはぽっかりと大穴が開いていた。お宝はその奥の壁に掛けてあった。
鈍い光を放つ、赤銅色の蛙のペンダント。目の部分には黒光りする石がはめ込まれていた。黒曜石とか言うやつだろうか。
「…よかったじゃんか。ほら、お宝見つけたよ」
どう考えても、鷲と蛙じゃ釣り合いがとれそうもない。亮もそれは判っている様だった。鷲はちゃっかり自分の物にして、僕には蛙でお茶を濁そうって事か。
「うん…でも…」
でも、あんな蛙なんか入らない。全然ピカピカじゃないし、目だって赤い宝石じゃないし、それに蛙だ。僕は鷲が欲しいんだ。
「そ、そっか、あれを取るのは骨が折れそうだもんね」
亮はあからさまに話を逸らそうとしてる。
蛙がかかっている壁には、下から梯子がかかっている。穴は大きくて、どう考えても、底におりない限りは梯子に手は掛からない様だ。しかし、ご丁寧に穴の手前に太いロープが置いてあった。これで穴の底におりて、あちらの梯子を登れって事だろう。
「これは…協力しないと取れないよね」
亮が不安げに僕の顔を見る。
「そうだね」
その時の僕はきっと無表情だったろうな。協力?さっき僕に斬りつけたばっかりなのに?
「僕がロープをこっちで引っ張るから、たっくん取ってきなよ」
絶対そう言うと思ったね。自分で降りるとは、絶対言わないと思っていた。何時も嫌な事は僕にやらせようとするんだよな。
「うん、わかったよ…。しっかり持っててよ、亮ちゃん」
僕はそう言うと亮の顔を正面から見据えた。
「もちろんさ!! たっくんがお宝手にする番だもん」
亮がにっこりと笑った。
「ねぇ…お守りの代わりに、僕に鷲のペンダント貸してよ」
「え…い、いいけど…蛙取ったらちゃんと返してね?」
僕は鷲のペンダントを首にかけた。それだけで勇気がわいてきて、何でも出来るように思えた。
簡単だと思った。亮の背中を押せばそれでお終いだ。
「うわぁ、高ぇ…下が全然見えないよ。ホラ、たっくんも…」
亮がこっちを振り返ろうとした時、足を滑らせた。そう、滑らせたんだ。 僕は何もしていない。ちょっとぶつかったかもしれないけど、わざとじゃない。ちょっと、脅かしてやろうと思っただけだ。亮がカッターナイフで僕を傷つけたように。
鈍い音が穴のそこで響いた。亮の声は聞こえては来なかった。
兎に角早くここは離れてしまいたい。ここを出て、早く何もかも忘れてしまいたい。
でも、このペンダントを見て、思い出さないでいられるだろうか?暗い気持ちを見透かした様に、鷲の目が僕を見ていた。そんな訳ないのに、ペンダントが僕を見る訳なんてないのに。僕は恐ろしい想像が膨らまないようにと、息が切れる程思い切り走った。出口へ。早く出口へ行かなきゃ。
出口だ!! 必死に走り、途中で何度も転んだけど、奥へと辿り着く時間の半分もかからずに出口までやって来れた。
やっと出られる。僕は手をかけ、力一杯そのドアを開こうとした。その時の僕の目は血走っていたと思う。だけど、どんなに力を込めてもそのドアが開くことは無かった。どうやら閉じこめられてしまったらしい。
「どうしよう、亮ちゃ…」
言いかけた時、僕には頼れる相棒がいないのだと思いだした。一人で何とかしなくては。アイツの事は忘れて…。何度も蹴ったり、体当たりをしたり、叫んだりしてみた。だけど、結局ドアは開かなかった。何も考える事が出来ず、ただただ懺悔するより他なかった。
ごめんなさい、ごめんなさい、亮ちゃん。やっぱり戻ってきてよ。こんなペンダントなんてあげるから。神様、どうかこの僕を許してください。そして、亮ちゃんを戻してください。良い子になります、ちゃんと勉強もします。ペンダントも亮ちゃんにあげます。僕はドアに手をかけたまま、泣きながら崩れ堕ちた。
その時だった。ドアにかけた手が滑り落ちるうちに、妙な窪みにに触れたのだった。目を凝らし、その窪みを眺めると、何処かで見た形にそっくりだった。そう。それは今僕が首にかけている、鷲のペンダントの形だった。
そうかっ!! ここにペンダントをはめ込めば良いんだ!!神様が僕を許してくれたんだ。ペンダントをここに置いて行けば、許してくれるんだ。亮ちゃん…ペンダントはここに置いていくよ…。だから、亮ちゃんも許してね。
僕はペンダントをその窪みに押し当てた。カチリと音がした。鍵が外れたんだ。今度こそ家に帰れるんだ。勢い良く僕はドアを開けた。
そのドアの先、僕の目の前には…ドアがあった。愕然とした僕の目に飛び込んだのは、蛙の形をした窪みだった。
鷲と蛙。二つが揃っていないと、外には出れないんだ。でも、蛙のペンダントはもう手に入らない。僕一人しかいないから。
ペンダントは二つで一つ。友情の証だったんだ。
そうか。あの、鷲のペンダントを首にかけた少年は僕だったんだ。愚かにも、親友を裏切り、ここで息絶える事になった僕だったんだ。
僕はドアから鷲のペンダントを取るとそれを首にかけベッドに横になり、次にくる誰かが、無事に出られます様にと祈ったんだ。
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