鈴木

高校のときの話。友人山田(仮名)の両親が法事でニ三日家を空けることになった。俺と田中(仮名)は暇な夏休みを送っていたので、泊りがけで遊びに行くことにした。

夕方から集まり、何か料理とか作って、ちょっとした合宿気分。夜になりだべっていたら、怖い話で盛り上がりそうになった。

ちょうどその時、山田の中学時代の友人鈴木(仮名)も遊びに来た。大人しくて、真面目そう。一見いいとこの坊ちゃん風で、幼い感じがした。かなり小柄で、高校生には見えなかった。俺と田中は鈴木と初対面だったが、鈴木はすんなり話の輪に加わった。

山田が都市伝説みたいな話をした後、俺がとっておきのネタを始めたのだが、田中のノリが悪い。くだらないツッコミや煽りを入れて茶化してくる。

「おまえ本当は怖いんだろ。だから白けさせようとしてんだな」
「違うよ、おまえの話が全然怖くねえんだよ」

当時俺らはいろんなことで、互いにライバル意識みたいなのがあった。それが口論に発展することもしばし。

見かねた山田が諭すように提案してきた。

「おまえらどっちがビビリか、肝試しで対決してみたら?」

田中は乗り気だったが、俺は少し腰が引けた。

「○○橋の方に防災倉庫がある。そこは出るっていう噂だ。中学の時の先輩が、彼女と一緒に見たとか言ってた。そこでやろう」

鈴木はもう遅いので帰るとのこと。三人で防災倉庫に向かったのは、十一時くらいだったか。

橋の手前にちょっとした空き地があり、そこに古いプレハブ小屋があった。入り口は建付けの引き戸で、掛け金に南京錠がしてあった。

「実はこれ、壊れてんの」

山田はその古い南京錠を外しながら、淡々と言葉を続けた。

「先輩、彼女を連れ込んでやってたらしい。で、二人して見たんだと。何でも、ホームレスがここで行き倒れになったことあって、多分それじゃないか」

中は教室くらいの広さで、土嚢やカラーコーン、ポールなどが整然と置いてあった。数年来の川の護岸工事で、これらの用具も使用されず、部屋全体が埃っぽい。天井には裸電球が一つ吊るされていたが、スイッチは手元になかった。

「一人でいるのはさすがにやばいから、おまえら二人で一時間。その後一人三十分の延長戦。それをギブアップした方が負けってことで」

田中はOKと即答した。にやにや笑いながら、俺を見ている。

(もう戦いは始まってるってか?)

俺は田中の挑発に乗ってしまった。

「表から鍵掛けとく。一時間したら開けに来る」
「懐中電灯置いてけよ」

山田にそう言うと、スモーカー田中が百円ライターに着火して

「これがあれば大丈夫だろ」

と先手を打ってきた。

土嚢に登れば裸電球を点灯させることもできるし、嵌め殺しの窓もある。その下は橋の常夜灯からの明かりも差し込んでいた。

俺はすかさずその場所を確保し、座り込んだ。そして我慢比べと覚悟して、だんまりを決め込んだ。田中はタバコに火をつけ、夜目に慣れた頃、口を開いた。

「山田の先輩って知ってるか?」
「さあね」
「ここに彼女連れ込んでやったとか言ってたよな。何してたのかね」
「アホか」

田中も静寂や暗がりが怖いのだろう。だが、ここで普通にだべっていては勝負にならない。俺は意地を張って田中を無視した。

「たぶんこの上にシートか何か敷いてやったのかな」

田中はすっと立ち上がり、辺りをライターで照らした。部屋の中には大と小の土嚢のブロックがあり、その間が通路になっている。小さなブロックの方が窓側で、俺らはその上に腰掛けていた。なぜか傍らに、蛇のようにドグロをまいたロープがあった。

「こっちの奥には何があんだろう」

田中は土嚢の間を注意深く歩き始めた。

信じられない行動だった。俺は取り残される恐怖に怯え、思わず後を追おうとした。頭の中には、死んだホームレスのことしかなかった。何かあったらすぐ田中の方へ逃げられるよう、俺は腰を浮かして恐怖に耐えた。

「おーい、線香があったぞ」

暗がりにぼんやり見えていた山田が、突然姿を消したかと思うと、間延びした声をあげた。

「蚊取り線香だけどなあ」
「最近誰かが入り込んだのかなあ?」

田中は恐怖よりも性欲が勝っているらしい。信じられない想像力だった。

「おいおい、コンドーさんの袋があるぞ」

俺は自らの負けを確信した。

「あいつ○○中だよな。うちの高校あそこ出身の可愛い子っていたっけか」

田中の質問に答える余裕はなかった。

「・・・そうだよなあ。可愛い子は○○女子に行っちゃうんだよな」

俺は田中の姿を確認するので精いっぱいだった。

「でもD組の○○、あいつ確か○○中だろ。けっこう良くねえ」

ライターを点火するたび、あいつの姿が浮かび上がる。

「体操着の胸のあたりとかな」

話し振りに、ちょっと違和感を覚えた。

「おいっ!おまえ誰としゃべってんの?」

うあああああああああ

一瞬沈黙があり、田中がわめいた。

土嚢の陰から飛び出すと、こちらを無視して、いきなり扉に体当たり。建付けが悪かったのか、その引き戸は簡単に外れた。街灯が部屋の中を照らし、俺はその奥にちらっと視線を送った。

あれっ!あいつ鈴木じゃないか

躊躇する間もなく、俺は駆け出す田中の後を追った。

「ちょっと待て!あれ鈴木だよ」

コンビニの前で田中に追いすがり、やっと息をついた。

「だまされたんだよ。山田と鈴木がぐるになって、俺らを脅かしたんだって」
「鈴木?鈴木って誰?」

きょとんとした顔つき田中。

「はあ?」

二人の会話はまったくかみあわなかった。

「じゃあ、あそこで誰と話してたんだよ」
「暗くて分かんなかったけど、てっきりおまえだと思ってた。顔は見えなかったけど、俺の後ろに、確かに誰かがいた」
「それが鈴木なんだって」

そう言いながら、こんないたずらや悪ふざけするような奴には見えかったなと思った。正面に座り、一番熱心に俺の話に耳を傾けていた。ほとんど喋らなかったが、時折軽く相槌を打ったりして、好感すら持てた。

鈴木なんて奴は訪ねてこなかった、と田中は言い張る。とにかく山田に聞くしかないなということで、俺らは足早に山田宅へ向かった。

チャイムを鳴らすと、山田が不安げな表情で出てきた。

「おまえら、どこに行ってたんだよ」

俺と田中は唖然として顔を見合わせた。

「だから、飯食った後、ソファに座って三人で野球中継見てたよな」

ここまでは皆同じだった。

「俺は昨日遅かったから、野球見ながら寝ちゃったんだよ」

と山田は言う。

「おまえが眠そうにしてたから、俺が怪談話を始めたんだよ」

と俺。田中も同意する。

「話してる最中に、鈴木っていう中学の同級生が部屋に入ってきたろ」

俺だけが確認している。

「俺、鈴木って友達いないし、そいつが勝手に家に上がりこんだのか?」

言葉に詰まると、田中が後を引き継いだ。

「あの川べりの小屋に案内したのは覚えてるだろ。おまえが言い出したんだ」

自転車で行こうと言う俺を無視して、山田は一人先に歩き出した。防災倉庫に着くまで、ずっと無言だった。到着するなり、あらかじめ決められていたように、肝試しの設定を滔々と喋りだした。まさか、夢遊病者のできることじゃない。

山田は頭を抱え込んだ。

「だ か ら、もう完全に寝てたんだよ」

怯えているのかもしれなかった。

「じゃあ、あの小屋のことも知らないのか?」

絶句した田中に変わって、俺が訊ねる。

「知ってる。あそこは中学の時の通学路だった」

山田は真っ青な顔になって、震えているように見えた。

「ずっと前、いじめにあってた奴が、あそこで首吊り自殺したらしい」

全員黙り込んでしまった。俺と田中はいったい何を見たのか分からず、混乱していたと思う。

「寝てて、夢を見た」

沈黙を破るように、山田がふっと口を開いた。

「おまえらが、どっかの部屋にいて、首吊って、死んでた」

三人同時に顔を上げた瞬間、部屋の照明がパッと落ちた。

その刹那、ソファーテーブルの上を、スーと白い人影が通り過ぎた。
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