専務の不正

今から8年前、私が商事会社で働いていた時の事です。

トイレにしゃがんでいたら、足下に(※)ザウルスが落ちていました。拾ってみると、直属の部長のものでした。電源が入ったままになっていたので、つい表示画面の内容を読んでしまいました。そこには、専務の不正が克明に記されていました。明るみになれば社内が激震に襲われるのは間違いありません。私はザウルスをポケットにしまうと、部長の帰りを待ちました。

ところが、部長は帰ってきません。ホワイトボードには夕ルとなっているのに、終電の時刻になっても帰ってこないので、明日話をしようとその日は帰宅しました。

翌朝、出社した私は、部長の死を知らされました。昨晩、電車に飛び込んだとの事でした。

部員は皆、信じられない思いで一杯でした。部長は社内でも1,2を争うビッグプロジェクトを進めており、これが成功すれば取締役入り間違いなしと言われていました。プロジェクトは順調で、自殺する理由がないのです。通夜の時、奥様に伺った限りでも、家庭円満で悩みは感じなかったということでした。

部長の死から1週間ほど経った頃、会社に私宛で送り主不明の荷物が届けられました。中身は紙箱入りのそうめんでした。全く思い当たる節がなく、怪訝な顔をしていると、部の先輩に、会社から遠く離れた喫茶店に誘われました

『実は、部長も亡くなる1週間ほど前に、送り先不明のそうめんをもらっていたんだ。但し、木箱入りの高級品だったけど』

『・・・。なにかの偶然ですよね』

『いや、実は今年に入って我が社だけで3人が不審死でなくなっているんだけど、皆、木箱入りのそうめんを亡くなる1週間ほど前にもらっているんだ。』

『僕は紙箱入りですし・・・』

『そうだな、お前は大丈夫かもしれない。でも、俺は5日前に受け取っているんだ。木箱入りのそうめんを。』

『・・・・』

『なあ、お前も知っているんじゃないのか?専務のこと。』

『先輩も知っているんですか!?』

私が部長のザウルスを持っていることを告げると、

『それは有力な証拠になるな。まだ持っているな?』

今晩、会社が終わったら、ザウルスを持って先輩の自宅に伺う事を決め、そこで別れました。しかし夜、約束の時間になっても先輩は帰ってきませんでした。

先輩は、翌朝都内の公園で座っているところを発見されました。座ったまま、死んでいたのです。大量のアルコールを摂取したことによる、中毒死でした。

当初、警察は飲み過ぎによる事故死と考えていたようですが、先輩は全く酒を飲めない人で、飲み過ぎるどころか、飲む筈がないのです。

私は、帰ったらいの一番で、先輩が証拠になるかもと言っていたザウルスを持って、警察に行こうと思いました。ところが、帰ってみると、自宅の鍵が開いていて、机の上に置いておいたはずのザウルスは忽然と消えていたのです。

翌日、出社した私の席の上に、またも送り主不明の荷物がありました。恐る恐る開けてみると、それは真っ赤なルビーの指輪でした。直感的に

『これはマズイ!』

と思いました。もはや、私が専務の不正を知っていることは相手に知られているとしか思えません。そんなことをしても仕方ないとは知りつつも、恐怖から逃れたくて、隣の席のA子に指輪をあげてしまいました。

A子はその晩、駅で誰かに刺されて亡くなってしまいました。そして、翌朝には指輪は元通りに私の席に置かれていたのです。血まみれになって・・・・

私は、課長に一言『辞めさせて頂きます』と伝えると、自宅にも戻らず、九州へと飛び、最近までずっと山奥で自給自足の生活をしてきました。しかし、現金が必要になり、1ヶ月前からふもとの町で事務の仕事を始めたのです。

仕事を始めて3週間後、誰にも知らせていないにも関わらず、私宛の荷物が届きました。木箱に入れられたそうめんに、血まみれの指輪が添えられて。もう、ダメなのだと観念しています。誰かが、家の中に入ってきたようです。

皆さん、ごきげんよう。



(※)PDAの一種。電子手帳ほどの大きさでインターネット、ワードなどが使用できるモバイルコンピュータ。
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