怨霊憑依
〜前編〜

この話の本編を公開する前にお話しなければならない事が御座います。と言いますのも、この話、過去に二度しか語ったことが無いのです。その理由はつまりこうです。

一度目に話したのは高校の修学旅行の時でした。私の話を聞くためにクラスの全員が一部屋に集まっていました。もちろん他のクラスの人間はその事を知るよしもありません。1F南棟横一列の五部屋が私のクラスに与えられた部屋割りでした。その五部屋の丁度真ん中の部屋で怪談を語る会が催されたのです。

私は自らの体験談を一話一話語っていきました。皆、一様に息を押し殺し私の話に耳を傾けています。そして話が、今回紹介するこの『怨霊憑依』になりました。この話は私の体験談の中でも屈指の恐ろしい体験で、少しばかり躊躇いは感じたのですがノリにまかせて話してしまったのです。

『キャーーーー!!!』

話し始めて三分もしないうちに一人の女の子が絶叫しました。皆、背後からナイフでも突き付けられたかのような顔でその子の方を向いています。彼女は左手を口にあてがい、右手をまっすぐ伸ばし、何かを指差していました。その指の先に我々が見たものは・・・・・。窓の向こうにホテルの裏山があり、その中腹ほどの場所に墓石郡が見えたのです。しかし彼女が指差していたのはそんなものではなかった。墓石に隠れるように子供が顔を半分だけ出して笑っているではありませんか!そして一瞬で姿を完全に隠してしまったのです。時刻は午後九時。とてもそんな時間に子供が遊んでいたとは考えにくい・・・・・。かといって霊とは思いたくない。そう思っていた事でしょう。

一時、混乱しましたが「あれは現実の子供である」という結論により無理やりその場をおさめました。帰りたいと言い出す女の子もいましたが、帰ってしまうと部屋に小人数で居なければならない事になるので耳を塞ぎながらその場を遣り過ごそうとしていました。そして話の続きを語る事となったのです。話を再開した直後。私の背後の壁を

『ドンドンドンドン!!!!!』

と強打する音が鳴り響きました。もう部屋中パニックです。泣き叫ぶ女の子達を制し、私を含む有志数名で音がした隣の部屋へと向かう事になりました。みな戸締りをしてきたはずです。案の定、その部屋の錠はロックされており、その部屋の生徒がカギで扉を開けました。重くのしかかるドンヨリとした空気。真っ暗の部屋の中でTVだけがついています。しかしながら映っているのは「砂画面」。いわゆる飛ばすはずのチャンネルがついているのです。無音で。部屋に足を踏み入れた瞬間。私の目に飛び込んできたものは・・・・・。部屋の壁一面の『顔』。そのあまりの形相の為、男女の判別すらできません。その場に居合わせた数名も口を開けたまま声も出ない驚き様でした。私はTVを消し、電気をつけました。すると壁に浮かんだ顔もパッと消えたのです。

この一件は校内でもかなりの噂となり、今でも修学旅行の際には、その事を知る引率の教師が語り草にしているそうです。

冒頭で私はお話しなければならないと申し上げましたね。そう。この話を聞いた人間は霊を見てしまうのです・・・・・。だから今まで二度しか話した事が無かったのです。二度のうちのもう一つの話は(終章)として御紹介いたします。おわかりですね。本編を見た方にどんな危害が及ぶかもわからないという事です。読む、読まないは御客様にお任せします・・・・・。充分な心の準備をしてから御読み下さいます様、御願い致します。

高校一年の冬の事です。その日の朝はこころなし体調が優れず、鬱とした気分でした。いつもの様に日課の雨戸開けをし、朝食をとり、学校へと向かう準備。しかし何かおかしい・・・・・。背後に視線を感じるのです。何度も振り向きましたが、そこに人の気配は無く、いつもと同じ我が家の日常が存在するだけでした。不安な気持のまま、自転車に乗り、私は家を出ました。私の家から出て最初の通りに差し掛かったところで、遠くから腰の曲がった老婆が歩いてくるのが見えました。しかし、歩いていると言うにはあまりに不自然な動きである事に気付いたのです。足を動かしておらず、わずかながら体が宙に浮いているような感じでした。起き抜けから不気味な感覚にとらわれていた私は、恐る恐るその老婆の方向へと自転車をこぎました。近付くにつれ、老婆が発する禍禍しい霊気に体中が蝕まれるような感覚を覚えました。明らかに霊体である事を認識した私は、自転車をこぐのをやめ、老婆に向かい合うような形となりました。その距離およそ10m。鼠色の乱れた髪の毛に隠れて見えなかった顔がゆっくりとこちらを向きました。顔を見た瞬間の感覚はいまだに思い出すだけで背筋に緊張が走ります。浅黒い肌。痩せこけた頬に、落ちそうなくらいに張り出した瞳。口を真一文字につぐみ、私を睨みつけてきます。その瞳には凄まじい怒気を感じました。私は老婆の眼光に体がすくみ動けなくなっていたのです。それまでにも私は相当な数の霊体験をしており、霊をあまり『怖い』と感じなくなっていたのですが、その時ばかりは自分の霊能体質を呪いました。悲哀、怒り、憎しみ。そんなものが入り混じった老婆の霊気。それまでの私が体験した事のない、凄まじい怨霊です。老婆に動きが見えました。両腕を前に伸ばし、首を締めるような格好をしています。「危険だ。」そう思った時は遅かったのです。真っ直ぐに私目掛けて老婆が向かってきます。その速さたるや、成年男子が猛スピードで走るくらいの勢いで、私はかわす事もできずに棒立ちでした。そして私の体を老婆が通り抜けて行ったのです。しばらくは息もできず、その場に立ちすくんでいましたが、恐る恐る後ろを振り返ると、そこにはもう誰もいませんでした。その日、一日。私はとても嫌な気持で過ごしたのは言うまでもありません。しかしそんな現象はあくまで前触れに過ぎなかったのです・・・・・。

老婆を目撃した日から一週間が過ぎました。この一週間というもの、ろくに食事も喉を通らず、気分の優れない毎日を送っていました。学校では学期末試験が始まっており、私も柄にも無く試験勉強をしなければならなかった為、両親が寝静まった頃を見計らい、応接間にやってきました。一応、何故わざわざ応接間で勉強しなければならないのかを御説明致します。元来、勉強嫌いの私は机に向かう事が大嫌いで、自室の勉強机にはコンポを乗せていた為、そこでは勉強が出来ない状態だったのです。

深夜一時頃。静寂に満ちた部屋にこんな音が聞こえてきたのです。

『ピチャ・・・ピチャ・・・ピチャ・・・』

それは雨漏りの様な水滴の音でした。音の方向は応接間の隣に位置するトイレからです。管が破れて水漏れでもしているのだろうか?軽い気持でトイレに向かい扉を開くとそこには・・・・・。私の眼前に薄汚い布キレ。見上げるとあの老婆の顔が!!天井から吊るさがった老婆は白目を剥き、口からはどす黒い血を流していました。音は老婆の口から垂れた血の音だったのです。私は絶叫しました。腰が抜けたのでしょう。その場にヘナヘナと座り込んでしまいました。二階からは私の声に驚いた両親がおりてきました。私は這いずりながら両親の元へ。

「どうしたんだ?」

父親の声に私は返事が出来ず振り返りトイレを指差しました。しかしそこには既に老婆の姿は無く、トイレの扉だけが開いた状態。私は必死に両親に説明しましたが「寝不足で夢でも見たんだろう。」と、軽くあしらわれてしまいました。応接間に戻り、とりあえず机に向かいました。しかしどうにも落ち着きません。そしてこの後、はかどる事の無い勉強をしていた私に第二の恐怖が襲いかかります。

私は背後に人の気配を感じました。しかし先程の事もあるので後ろを向く気にはなりませんでした。その時です。私の首筋に冷たい感触が・・・・・。前にあった戸棚のガラスにうつっているのは、私の首を締めている手。そう。私の背後にはまたもやあの老婆がいたのです。老婆の手を引き剥がそうとしましたが、凄まじい力でまったくはなれません。私は目を閉じ、無宗教くせに神頼みです。御経を唱えました。

『南妙法蓮華経南妙法蓮華経南妙法蓮華経・・・・・・・』

すると老婆の力は緩み、かわりに私の耳元でこう囁きました。

『熱い・・・熱くてかなわん。なんとかせんか!誰の謀(はかりごと)じゃ!許しはしまいぞ!井上の末代まで祟ってやるからそう覚悟せよ!』

二度ほど同じ言葉を繰り返し、フッと老婆の気配は消えました。そんな状況で勉強など手につくはずもなく、私は眠る事にしました。眠りながら考える。

「私はおかしくなってしまったんだろうか?」

真剣に悩みました。気が狂っているのかもしれないと・・・・・。そして老婆の言葉。どんな意味が込められているのでしょう。老婆の霊に悩まされる日々はまだ続いたのでした・・・・・。

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