山小屋で・・・
先生の通う大学では、毎年12月下旬、東北の山中で2週間の冬合宿登山を行ったそうです。その年は例年以上に雪が深く、先生たちは近くの避難小屋で宿泊する事になったそうです。小屋につくと、既に別のパーティーがいました。
先生は先客が妙に静かなのが気にかかったといいます。単に静かなのではなく、どうも沈鬱な雰囲気なのです。夕食後、突然先客のリーダーがこちらに来て話を始めました。昨日の吹雪の中、一人の新人部員が疲労と寒さで倒れ、意識不明に陥り、そして、今日の明け方、息を引き取ったそうです。
彼らは、奥にある押入の床板をはずし、遺体をシュラフにくるんで土の上に安置していました。先生はゾッとし、『遺体と同じ小屋に寝ている』という生々しさが胸をよぎったそうです。
早めの消灯後、先生は疲れもあって早々と眠りに落ちました。何時間経ったでしょう。先生は夜中にふと目が覚めました。
その時、どこからか微かに
『ガリ・・・ガリ・・・』
という音が聞こえてくるのです。身を起こすと、同じ事に気付いているらしい周囲の者も起きています。全員の眼は奥にある引き戸の方に向けられていました。しかし、誰もそこを確かめようとはしませんでした。
『ガリガリ・・・』
という音はその後も断続的に聞こえてきます。いつの間にか、誰もがその壁から遠ざかり、小屋の入り口付近に集まっていました。
先生は『もう、眠れないな』と思ったそうです。
とうとう意を決した向こうのリーダーが押入に駆け寄り、勢いよく引き戸を開けると、床板をはがしました。
「何も変わっとらんじゃないか・・・」
まるで自分に言い聞かせるような声だったよと、先生は話してくれました。しかし、戸を閉めてしばらくすると、また
『ガリ・・・ガリ・・・』
という音が聞こえてきます。しかも、今度は引き戸までが、『ガタガタ・・・』と鳴り出しました。
よく見ると、こちら側に向かって誰かが体を預けるように戸が大きく膨らんでいるのです。
そして、誰一人眠れない夜が明けました。というより、山岳救助隊が到着して夜が明けたのを知ったそうです。
「何だ、これは!」
隊員の一人が戸を開けて床板をはがした瞬間、大きな声を挙げました。なんと、床板の裏には爪で引っ掻いたようなあとが、無数についていたのです。赤いシュラフに包まれた遺体はまるで何事もなかったかのように、全く変わらない状態でそこにあったそうです。
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