第九十五話
語り部:有線 ◆zRMZeyPuLs
ID:6+7dzDRSO
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『お先に』
大江さんは湯槽に浸かる前に、まず体を洗う。 その日も、いつものように彼女は浴室に向かった。
浴槽には、先程あがった父親が閉めたのか、蓋がしてあった。少し雑にしたのか、五センチ程ずれていて、隙間が開いてしまっていた。
『まぁ、いいか』
と、大江さんは蓋を開ける前に体を洗いはじめた。
シャワーを浴びはじめてすぐ、大江さんは奇妙な音がしているのに気付いた。
〈ふぅぅぅぅ……、ふぅぅぅぅ……〉
シャワーの水音に混じって、押し殺した息遣いに似た音が聞こえてくる。
少し怖くなった彼女は、シャワーを止めた。すると、息遣いは聞こえなくなる。しかし、シャワーを出しだすと、息遣いもし始める。
気味が悪いが、今更上がるわけにもいかない。結局、体を洗い終えるまで息遣いはし続けていた。
さて入ろうか、と大江さんが浴槽に体を向けると、ずれた蓋が音を立てずに閉まっていくところだった。
【完】
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