第八十三話

語り部:牛タン ◆86/e9umKOI
ID:+5y45GNL0

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足音

夜勤の仕事をしたときの話。

仕事自体は非常に簡単で、会社に誰も居ない夜の間の電話番だ。ただ、電話対応に慣れるまでの間は、見習いとして暫く二人でやっていくとの事。短いが仮眠もあるそうだ。

初日はただ、仕事を見ているだけだった。仮眠の時間は午前二時。ただし仮眠室は狭いので、一人しか寝られない。

「見習いの間は、別棟の和室を使ってもらうことになってるんだ。はい、これ毛布と鍵ね。五時迄には戻ってきてね」

場所は前もって説明を受けていた。二階にある二つある和室のどちらか好きな方、だそうだ。

夜の仕事場には誰も居ない。照明のスイッチの場所を聞きそびれたので薄暗い非常灯の光を頼りに階段を昇り、廊下を暫く進むと目的の場所だ。

鍵を開け、中に入る。かなり広い。入り口の向かい側に障子が並んでいる。だだっ広い空間で寝るのに慣れていないので、何となく隅っこで寝た。

横になって毛布を被っているが、やはり寝付けない。体勢を変えたりしながら、何とか眠ろうと努力していた時だった。

パタパタパタ

畳の上を裸足で歩くような音。目を開けて室内を見渡すが、誰もいない。昼と夜の温度差で、建物が収縮でもしているのだろう。また横になって目を瞑った。

パタパタパタパタパタ  パタ

やはり聞こえる。体重の軽い、子供のような足音だった。今度は暫く目を開けて部屋全体を眺めてみた。

パタパタパタパタパタ  パタパタパタ

もう暗闇に目が慣れている。この部屋には俺しかいない。でも、音で判る。足音で、今部屋の中のどの位置を歩いているか判るのだ。

慌てて部屋を出た。詰め所に戻ろうかと考えて、やっぱり思い直しもう一つの和室へ向かった。

部屋の構造は全く同じだった。何とか勇気を振り絞り、部屋の隅っこで横になってみた。

パタパタパタパタパタパタ パタパタパタパタ

足元から腰にかけて下半身を跨ぐように足音が通り過ぎていった。

もう動けない。

隅っこや部屋を横断するような足音は五時近くなり、障子が明るく見えた頃ようやく止んだ。

逃げるように詰め所に戻り、もう起きていた先輩に和室での出来事を話すと、ああやっぱりという顔で話してくれた。

「やっぱり君にも聞こえた?いや別にこれといった因縁話も無いんだけどね、何かあそこの和室の二部屋だけは、何か居るんだよ。いや別に、これといって害は無いんだけどね」

何人か見習いで来たこともあるが、長続きせずに辞めてしまうのだそうだ。

「アレに耐えられるかどうかがこの仕事を続けられるかどうかの肝だね」

人が寝られる場所は、その二箇所しかないんだそうだ。

三日で辞めた。


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