第三十二話

語り部:無名 ◆Wmzocrmwdo
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田舎の実家には古い土蔵がある。蔵の中身は古臭い物ばかりだ。ガキの頃、蔵の掃除を手伝った時、中にある物を色々と見せてもらった。その中の1つに、いわゆる“時代雛”という、古い雛人形があった。

しっかり桐箱に納められていて、男雛と女雛だけしかない。現代の雛人形と比べると遥かに大きく、顔立ちが古風な感じだった。俺はその顔の印象から、なぜか“狐の嫁入り”を思い出してしまった。男だから興味がないってのもあるが、何となく嫌悪感の湧く人形だった。

・・・ちょうどその頃、俺は数日連続で妙な夢を見た。夢の中で、俺は嫌いなはずのあの雛人形を前に並べて遊んでいる。しかし人形の顔が怖い事が気に入らず、途中で邪険に放り出してしまう。すると人形はますます怖い顔になり

「オマエキライ」

と返事をしてくる。

怖いというより憎悪感が残るような夢だったが、他にも妙な事が起こっていた。起きてみると手足が変に汚れている。口の中が乾き、粉っぽい感じがする。しかしガキだったせいか大して気にもせず、いつしかすっかり忘れていた。

それから十数年ほど経ち、今俺は東京で一人暮らしをしている。5ヶ月ほど前、俺は忘れていたはずのあの雛人形の夢を再び見てしまった。

内容は昔と違い、俺は登場せず人形のみが等身大くらいで出てくる夢だった。そして恨めしくも恐ろしい顔をして言う。

「オマエノセイデ…オマエノセイデ…」

俺自身はやはり怖いというより、胸糞悪く憎々しいような気持ちで目が覚めた。

何となく気になってはいたがしばらく放置し、それから1ヵ月くらい後の事。実家の母と電話の最中、ふと夢を見た事、あの雛人形の事を思い出した。で、何気に訊いてみた。

「そういやさ、ウチの蔵に雛人形あったじゃん?」
「あ〜よく覚えてるね。あれね、こないだ蔵の掃除した時に捨てちゃったよ」

意外な答えにちょっと驚いた。

「え?そうなん?なんで捨てちまったんだよ?」
「久しぶりに出してみたら顔が壊れててね…ネズミにやられちゃったみたい」

その話を聞いた瞬間、何かがつながったように俺は“ある事”を思い出した。

ガキの頃に見たあの夢は、半分は夢じゃない。俺は夜中こっそり蔵に忍び込んで、雛人形を出して遊ぼうとしていたんだ。いや、むしろ気に入らないから虐めようとしていた記憶すらおぼろげにある。

・・・思えばそうだった。俺はあの人形の“顔”がどうしても嫌いだった。そして俺はガキの頃、何かで癇癪を起こすと物をひどく噛むクセがあった。

俺は夜な夜な夢遊病のように、蔵の中で人形の顔にかじりついていたらしい。

(完)
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